なんやかんやてんやわんや

大目に見て下さい

裏表のある人間ってなに。そもそも自分って何?

僕はよく「裏表のある人間」「二重人格」「二面性がある」とか言われる。うるせぇほっとけ。

 

人からそんなこと言われて昔はちょっとそれで悩んだりしたけど、今となってはそんなもん普通だろ、って思ってる。

 

裏とか表とか勝手に決めつけんな

 そもそも僕自身が

 

よーし今日は裏の顔でいくか~

 

とか

 

この人には表の顔見せても大丈夫だな

 

とか意識してないし勝手に決めんなって思う。

 

仲の良い友達への接し方とそこまで仲良くない人、会社の人とは接し方変わるのなんか当然だと思う。

 

それを

 

あ、なんか普段と違う、本当は裏表ある性格なんだ

 

とか言われてもね。

 

いや、どっちも僕だしどっちも表。隠してるわけでもないけど全部見せてるわけでもないし、見えてないだけでしょ?

他人の一部分だけを見て「こういう人間だ」って勝手に決めつけてるだけじゃん。

 

自分の中身を全部見せないといけないのか

なわけない。いや、それが世間一般でいう「裏表のない人」なのかもしれないし、それが誠実なのかもしれない。

 

けど、そんなことする必要は必ずしもないんじゃないか。

例えば僕は普段はおとなしいし、失礼のないように人と接しようとか思っているから、特に悪いやつだと思われていないけど(全然そんなことないかも)仲のいい友達なんかといるときは全然違う。(あ、周りに迷惑がかかるような感じではないっス)

これは僕自身自覚しているし、今となってはどっちも僕っスってな感じなんだけど、これを僕の事を良く知らない人が目撃したり知ったりしたら

 

うわぁなんかあいつ普段と全然違うじゃん、なんなのアレ。

 

ってなるわけよ。はは、やかましわ。

 

いや、別にどっちも「普段の僕」ですよっと。あらよっと。

 

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いやいや自己の認識じゃなくて第三者からどう認識されるかだろ

まぁそれもわかる。

むしろ自分でさえ自分自身のことがよくわからないとか全然あるしね。

 

自慢じゃないけど27年間自分やってきてるけどいまいち自分ってどういう人間か分からない時だってあるしね。

 

人から「お前はこういう人間だ」とか言われて

 

うわっ、僕ってこんな人間だったんだ!

 

とか思う時もあるけど、それって「その人から見えた自分」なだけであって、別の人から見たらまた違う自分なんだよ。

 

で、それもやっぱり「自分が思う自分」とはまた違うわけで、結局「他人から見た自分」なんてあてにならない。

 

本当の自分ってなに

なんだろね。

書いていてよくわかんなくなってきた。

 

こんなありふれた悩みなんて先人たちがみんな経験してきたことだから、思想家や文化人や偉人とか専門家とかとにかくいろんな人が本にしてきているだろう。

 

そんなの読めばすっきりするのかもしれないけど、あいにく僕はまだその類の本はよんでないんだな、すまねぇ偉大な先人たち。

 

「自分が思う自分」っていうのも結局「自分自身がこうであろう、こうでありたい」という願望というか枠に当てはめただけの理想、妄想なのかもしれない。

 

例えば自分では虫も殺さないような平和主義者だと思っていたのに、人をぶん殴ってみたら思いのほか気分が高まった、気持ちよかった、なんてこともあるかも。(僕じゃねぇ)

 

あれ?今までの自分ってなんだったの?これが本当の自分?こんな残酷な性格だったの?

 

とか

 

人前に出るのがすげぇ恥ずかしかったけど、大勢の前でスピーチすることになって、いざやってみたら大成功でめちゃくちゃ楽しかった。以来人前に出ることが苦じゃなくなったしむしろ好きになった、とかね。

 

つまるところ自分自身でも気づかない部分があったり、何かきっかけがあったり生きているうちに自分なんか全然変わっていく。

 

ピーマンが食べられなかった昨日の自分と、食べられるようになった今日の自分はもう違う自分だ。

 

人は変化して生きていくんだ。

 

だから二面性どころじゃない、三面四面もっともっとある。

 

そんな自分自身でもまだわからない部分、変わっていく自分っていうのも全部含めて「自分」なんだから細かいこと気にせずに生きていこうよって思うわけ。

 

そんなもんだから人がどうこう言おうが勝手に決めつけんな、それを真に受けるなっていうこと。

 

あーあの人にはそう見えているんだー

ぐらいなもんでいいと思うよ。

 

ってなんかこれ読んで自分って言葉がいっぱい出てきたからこんなこと書いてみた。

 

なんかまとまりないけど終わり!

 

 

 

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